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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)2362号 判決 1957年12月20日

原告 君塚春吉 外四名

被告 高水ヒサ

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの平等負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「原告らが被告の所有にかかる東京都文京区大塚坂下町七八番地の六の宅地五〇坪二勺の南端三坪三勺(別紙図面表示斜線部分)につき通行権を有することを確認する。被告は、原告らに対し、右三坪三勺の土地の周辺の板塀及び生垣を撤去しなければならない。かつ原告らが通行のための右部分を使用することを妨害してはならない。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに撤去を求める部分につき仮執行の宣言を求めると申し立て、その請求の原因として、

「一 訴外長島俊顕は、もと東京都文京区大塚町坂下町七八番の一の宅地三〇〇坪を所有していたが、この宅地から、(一)昭和二四年一二月八日同番の二の宅地一〇〇坪を分筆し(したがつて、同番の一は二〇〇坪となる。)、(二)同月二六日同番の三の宅地一二坪一勺、同番の四の宅地三八坪二勺、同番の五の宅地五〇坪二勺及び同番の六の宅地五〇坪二勺を分筆し(したがつて、同番の一は四九坪九合三勺となる。)、(三)昭和二五年五月一〇日同番の四の宅地三八坪二勺から同番の七の宅地一九坪九合三勺を(したがつて、同番の四は一八坪九勺となる。)同番の五の宅地五〇坪二勺から同番の八の宅地一九坪七合五勺を(したがつて、同番の五は三〇坪二合七勺となる。)各分筆して、別紙図面表示のとおり八筆の土地としたので、七八番の三、四、五、七及び八の五筆の宅地は、同番の一、二、六及び七九番の宅地に囲まれて公路に通じない袋地となつた。

二 (一)原告吉沢は、昭和二一年中長島から同人の所有にかかる右三〇〇坪のうち七八番の四の宅地及びこれに隣接して約五〇坪に相当する土地を賃借して、七八番の宅地にあたる部分のうえに木造トタン葺平家建居宅一棟建坪八坪五合を築造所有してきたが昭和二九年三月二七日長島から七八番の四の所有権を取得し、同月二九日その旨の登記をした者であり、(二)原告金井は、昭和二四年一二月頃原告君塚から建物所有の目的をもつて七八番の三の宅地を賃借し、現にそのうえに木造瓦葺平家建居宅一棟建坪四坪五合を所有する者であり、(三)原告君塚は、昭和二四年一二月二四日長島からその所有にかかる七八番の三及び五の宅地を譲り受け、七八番の三につき昭和二五年一月一二日にした所有権移転請求権保全の仮登記にもとづき昭和三一年六月二〇日所有権取得の本登記をし、七八番の五につき昭和三〇年四月一日所有権取得登記をした者であり、(尤も昭和二四年一二月頃七八番の三を原告金井に建物所有の目的をもつて賃貸することによりこれを使用させ、七八番の五のうえには現に訴外朴芥順をして建物を所有せしめてこれを使用させている。(四)原告品川は、昭和二六年六月二〇日長島から七八番の八の宅地を讓り受け、同年七月六日その旨登記をし、現にそのうえに木造瓦葺平家建居宅一棟建坪八坪二合五勺を所有する者であり、(五)原告小野は、昭和二六年六月二〇日長島から七八番の七の宅地を譲り受け、同年七月七日その旨の登記をし、現にそのうえに木造瓦葺平家建居宅二戸建一棟建坪一三坪七合五勺を所有する者であり、(六)被告は、昭和二五年五月四日長島から七八番の六の宅地を譲り受け、同日その旨の登記をした所有権者である。

三 以上の次第であるから、原告らが所有し、または賃借する七八番の三、四、五、七、八の各宅地と被告が所有する七八番の六とは、袋地囲繞地の関係にあるので、原告らは、これまで被告所有の七八番の六の宅地のうち南端三坪三勺(別紙図面表示斜線部分以下「係争地」という)。の空地部分を公道への通路として使用してきたしかるに、被告は、昭和二七年一一月その所有地一杯に板塀及び生垣を設けて原告らの通路の一部をふさぎ、その通路使用を妨害するに至つた。しかし、原告らは民法二一〇条一項、二一三条一項または二項の規定によリ被告の所有地たる七八番の六につきいわゆる囲繞地通行権を有する(もつとも、相隣関係の目的は、隣接する不動産の利用の調節にあつて、所有の調節のためでないから、この規定は、所有権の場合だけに限らず、土地の使用を目的とする賃借権にも準用される。)から、その確認及び妨害の排除に求めるための本訴に及んだ。」と述べ、立証として、甲第一号証から第二四号証までを提出し、原告品川、同君塚、同金井の各本人訊問の結果を援用し、乙第一号証から第五号証までの成立を認め、「同第六号証の成立は不知」と述べた。

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として

「一 請求原因第一項の事実は認める。同第二項のうち原告ら及び被告が訴外長島からそれぞれ原告ら主張の土地の譲渡をうけたことは認めるけれども、原告吉沢と訴外長島との間及び原告金井と同君塚との間の宅地の賃貸借は知らない。原告吉沢、同小野、同品川、同金井及び訴外朴芥順がそれぞれ原告ら主張の土地のうえに建物を所有することは否認する。同第三項のうち被告が原告ら主張の日時にそれまで原告らが通路としていた被告の所有地の部分に板塀及び生垣を設けることにより通路をふさいだことは認めるが、その余の事実は否認する。

二 原告らの通行権の主張は、すべて法律の解釈を誤つたものである。即ち(一)民法第二一〇条の規定は、土地所有者の任意的行為によらないで袋地又は準袋地を生じた場合の囲繞地通行権を定めたものと解すべきであつて、本件のように、長島がその所有に属するもとの七八番の一の宅地三〇〇坪を処分するにあたり、これを分割したために袋地を生じた場合には、これを適用すべきではない。(二)また、民法二一三条一項の規定は、共有地の分割により生じた袋地につき適用さるべきであつて、本件の場合にはこれを適用すべきではない。(三)さらに、同法二一三条二項の規定は、任意分割の場合に適用すべきであるとしても、原告ら主張の土地は、被告の所有たる七八番の六から一部を譲渡したものではなく、七八番の一から分筆譲渡したものであるが、原告ら主張の土地相互間で分筆譲渡したものであるにすぎないから、被告に対する同条二項の規定による原告らの主張もまた理由がない。(四)いずれかの理由によつて原告らの通行権を認めるべきであるとしても、借地権者たるにすぎない原告金井については、所有権者たる他の原告らと同様に通行権を認めるべき法律上の理由がない。しかも同原告は、借地権につき対抗要件を具えていないから、被告に対しその借地権にもとずいて通行権を主張することができない。

三 以上いずれも理由がないとしても、(一)被告らは、現に本件係争地に接する七八番の二の宅地(訴外香港上海銀行所有)の一部(幅三尺ないし四尺の部分)を自由に公然と通行することにより公道に通じているから、本訴請求はその利益がないといわなければならない。しかも、(二)原告らは、元来その土地につき権利を取得するに当り、明らかに公道に通じないにもかかわらず、その通路につきあらかじめなんらの注意を払わず、その結果を被告に皈し被告の土地所有権の行使に不当の制限を加えようとするものであつて、まさに権利の濫用であるといわなければならない。本訴請求は失当である。」と述べ、立証として、乙第一号証から第六号証までを提出し、証人小林房吉の証言、被告の本人訊問の結果並に検証の結果を援用し、「甲第五号証の成立は不知」と述べ、その余の同号証の各成立を認めた。

理由

一  請求原因第一項の事実及び同第二項のうち原告ら及び被告が訴外長島からそれぞれ原告ら主張の宅地を譲り受けた事実は当事者間に争がなく、原告金井と同君塚との間の七八番の三の宅地の賃貸借が原告ら主張のとおりであることは、原告金井の本人訊問の結果によつて十分認めることができ、これに反する証拠はない。七八番の五の宅地の使用状態が原告ら主張のとおりであることは成立に争のない甲第二一号証によつてこれを認めることができ、原告ら主張のその他の土地の使用状態が原告ら主張のとおりであることは、成立に争のない甲第一九号証、第二〇証並びに原告品川、同君塚及び同金井の各本人訊問の結果によつて認めることができ、この認定に反する証拠はない。請求原因第三項のうち被告が原告ら主張の日時にそれまで原告らが通路としていた被告の所有地たる七八番の六のうち原告ら主張の部分に板塀及び生垣を設け、原告らの理路の一部をふさいだことは当事者間に争がない。

二  以上認定の事実に当裁判所の検証の結果を合せれば、七八番の三、四、五、七、八の土地は、いずれも原告ら主張のとおり、七八番の一、二、六及び七九番の土地に囲まれて公路に通じていないこと明らかであるから、原告ら主張の七八番の三、四、五、七及び八と被告所有の七八番の六とはそれぞれいわゆる袋地と囲繞地との関係にあるといわなければならない。

(一)  原告らは、民法二一〇条一項の規定をひいて通行権の主張をしているけれども、前段の認定で明らかなように、原告ら主張の土地と被告所有地との袋地、囲繞地の関係は、訴外長島俊顕がもともとその所有に属する七八番の一の宅地三〇〇坪を任意に分割譲渡したために生じたものであるが、このような土地所有者の任意の行為によつて袋地が生じた場合には民法二一〇条一項の規定による通行権を認めるべきでないと解するのを相当とするから、この規定をひいてする原告らの主張は理由がない。

(二)  つぎに、原告らは、民法二一三条一項の規定をひいているけれども、この規定は、共有地の分割により生じた袋地について適用されるべきものと解するを相当とするから、単独所有者の任意分割により袋地を生じた本件の場合にこの規定をひいてする原告らの主張も理由がない。

(三)  さらに、原告らは、民法二一三条二項の規定を援用する。前段の認定によれば、原告ら主張の土地のうちには譲渡に先立つて分筆されているものがあるから、そのようなものについては厳密には土地の一部が譲渡された場合にあたるとはいいがたいけれども、かつて一筆であつた土地の一部が所有者を異にするにいたつた結果囲繞地通行権を認める必要のあることは、一部譲渡の結果所詮しなければならない分筆が譲渡の前になされたと後になされたとによつて差異のあるべきわけがないから、事前に分筆した土地について譲渡があつたときは、そうした土地所有者相互の間にも土地の一部の譲渡があつた場合と同様に考えるのが相当である。しかし、囲繞地通行権は、袋地と囲繞地との所有者が異なるために所有権の効用の発揮が妨げられることを防ごうとするものであるから、分筆があつても、それだけで直ちに土地相互の関係としてこれを認めるべきでなく、分筆された各土地が所有者を異にするにいたつた場合に所有者相互の関係として初めてこれを認めるべきである。しかして、本件の場合、七八番の三、七八番の五の部分(当時はまだ分筆されていないから七八番の一の一部である。)は、昭和二四年一二月二四日原告君塚が分筆しないままでその所有権を取得したことにより袋地となつたものというべきであるから、同原告は、この土地のためにその囲繞地たる七八番の一、七八番の四(後に分筆された七八番の七を含む。)、七八番の八の部分及び七八番の六(これらは、いずれも同月二六日分筆されたが当時は七八番の一の一部分である。)の当時の所有者たる訴外長島に対し民法二一三条二項の規定によりこれらの土地を通行する権利を取得したものといわなければならない。(七八番の二は、この時すでに分筆されていたが、また訴外長島の所有であつたのでこれについてもこの時原告君塚が通行権を取得したかは問題たり得るが、後に述べる。)。他面七八番の四(後に分筆された七八番の七を含む。)及び七八番の八の部分は、七八番の六とともにこの時には未だ七八番の一の部分であつたのであるから、これを袋地と考える余地はなかつたのであるが、同月二六日各分筆され昭和二五年五月四日まず被告が七八番の六の所有権を取得したので、この時をもつて、被告は、この土地につき訴外長島が七八番の三及び後に分筆された七八番の五の部分のために原告君塚に対し負う通行許容義務を承継し、訴外長島に対し七八番の四(後に分筆された七八番の七を含む。)、後に分筆された七八番の八の部分のために通行許容義務を民法二一三条二項の規定により負うにいたつたものといわなければならない。そして原告小野、同品川、同吉沢は、訴外長島から前認定のとおり七八番の七、八、四を順次にそれぞれ譲り受けたことにより、これらの土地のために訴外長島が七八番の六につき被告に対し有していた通行権を承継したものといわなければならない。

被告は、七八番の三、七八番の四(七八番の七を含む。)、七八番の五(七八番の八を含む。)の土地についての原告らの所有権取得は、七八番の一の土地の一部譲渡によるものであるとしても被告所有の土地の一部譲渡ではないから、民法二一三条二項の規定の適用がない旨主張するけれども、この規定は、土地の一部譲渡のために袋地を生じたときは、袋地の所有者は、公路に出るために、その一部譲渡により囲繞地となつた土地のみを通行して公路に出ることができる趣旨に解すべきところ、前説示のとおり、七八番の六は、初め七八番の一の一部分として原告君塚の七八番の三及び七八番の五の部分の所有権取得により、後に被告七八番の六の所有権取得によりそれぞれ七八番の三、四、五、七、八の囲繞地となつたのであるから、ここに袋地、囲繞地の関係を生じ、この規定が適用されるのは当然であるといわなければならない。

(四)  被告は、原告金井の借地については所有権者同様に通行権を認めるべき法律上の理由なく、しかも同原告の借地権については対抗要件を欠く旨主張するけれども、囲繞地通行権は、土地利用の正常な機能を発揮するために認められたものであるから、権限に基ずき、土地を利用する者である限り、土地の賃借人といえどもこの通行権を主張することができるといわなければならない(民法二六七条参照)。しかも、被告は、囲繞地の所有権者であるというにとどまり、なんら原告金井の借地権と相容れない権利を主張する者ではないから、原告金井の賃借権の登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者とはいえないものというべく、被告の主張は、この点においても理由がない。

三  さらに、被告は、原告らは現に被告の所有地七八番の六に接する七八番の二の土地の一部を自由に公然と通行することによつて公路に通じているから、被告の所有地を通行する必要がないと主張する。当裁判所の検証の結果に原告品川、同君塚の各本人訊問の結果を合せ考えれば、原告らは、訴外香港上海銀行が七八番の二の土地のうち七八番の六の土地に接する部分を幅三尺ないし四尺にわたつて椹の生垣を植えているのでこれを通路として使用し、その所有者たる訴外香港上海銀行もまたこれを認容し、通行上は格別支障のないことが認められる。もとより、この通路は幅狭であるから、原告らにとつて十分なものとはいえないけれども、土地の価格の上昇の激しい昨今、訴外香港上海銀行の寛容は、原告らの緊急の要を満たすに足るものといわなければならない。地震火災の如き万一の危険に対する防災のためにより広い通行権を認めることは、民法の囲繞地通行権の認められる趣旨に合するものとはいえない。訴外香港上海銀行がいま俄かに原告らの通路を閉鎖すべき気配の認めるべきものもない。しかも、成立に争のない甲第七号証の記載によれば、訴外香港上海銀行が七八番の二の所有権を訴外長島から取得したのは、昭和二五年三月一五日であると認めることができるから、昭和二四年一二月二六日原告君塚が七八番の三及び七八番の五を取得した当時、七八番の二の所有者は、やはり訴外長島であつたのであつて原告君塚としては、七八番の三及び七八番の五が袋地となつた時即ち前叙のとおり七八番の一、七八番の四(後に分筆された七八番の七を含む。)、七八番の六の所有者たる訴外長島に対しこの各土地を通行する権利を主張することができることとなつた時、同時に七八番の二についても当時の所有者たる同訴外人に対し通行権を主張することができることとなつたものといわなければならない。したがつて、その通行権は、七八番の二の土地の所有権のその後の承継者たる訴外香港上海銀行に対し、原告君塚において主張することができる筋合であるから、いま、原告らが前説示のとおり七八番の二の土地の一部を通行しているのは、原告君塚、同金井にとつては、必ずしも寛容なる訴外香港上海銀行の与える恩恵とのみいいきることができないのであつて、場合によつてはこれを袋地通行権の行使であるというを妨げないのである。そして、その他の原告らは、こうして原告君塚及び同金井がうける法律上の利益を隣接地の所有者として反射的にうけているものというべきである。

果してしからば、このような現状の存続する限り、原告らは、公路に出るのに敢えて被告の所有地を通行する必要がないものというべく、原告らの請求はこの点において理由がないというほかはない。

四  以上説示したとおりであるから、原告らの本訴請求は、さらに判断を進めるまでもなく、失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴八九条、九三条一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 花渕精一 中川幹郎)

図<省略>

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